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2024.10.23

理学療法士におけるメンタルヘルス課題 ー 厚労白書にみる “こころの健康”

令和6年度の厚生労働白書では、ストレスの多様化に対応した支援体制の整備が必要とされ、そのテーマとして「こころの健康」が取り上げられました1)

世界保健機関(WHO)は、こころの健康について「人生のストレスに対処しながら、自らの能力を発揮し、よく学び、よく働き、コミュニティにも貢献できるような、精神的に満たされた状態」と定義しています。

厚生労働白書によると、2023年度の調査で「健康状態にとって最もリスクとなること」の項目に対して「精神病を引き起こすようなストレス」と回答した人は15.6%と、過去20年で3倍に増加したことが示されました。白書では、健康リスクへの認識が、身体リスクから「こころに対するリスク」へとシフトしている可能性についても言及しています。

2022年の調査では、ストレスを感じている労働者の割合は82.2%にのぼり、20歳未満から40代では「仕事での失敗や責任の重さ」が主なストレス要因であることや、50代では「仕事の量」が最も大きなストレス原因となっていることが報告されました。



COVID-19パンデミックが医療従事者のメンタルヘルスに与えた影響に関する研究では、バーンアウトが37%、抑うつが33%、不安および不眠が42%であったとの結果が報告されるなど2)、医療従事者においてもメンタル不調のリスクがあることが示されています。

メンタルヘルスの要因は世代ごとに異なる部分もあり、理学療法士も例外ではないといえます。患者や家族との深い関わりから責任の重さを感じ、メンタル面に大きな負担が生じる場面もあるかもしれません。

今回、精神科病院で理学療法士として長年活躍されている上薗紗映さんに、理学療法士のメンタルヘルスとその対策についてお話を伺いました。




ー 理学療法士業界のメンタルヘルスの現状

上薗さん 日本ではメンタルヘルスが大きな問題となっています。理学療法士においても、最近では理学療法士という職業の未来に希望を持てていない方や、SNSのネガティブな発信の影響を受けたりと仕事に対してネガティブ思考になっている方は相当数います。

理学療法士として精神病院を中心に20年ほど勤めてきましたが、管理者の視点に立つと患者さんだけでなく働くスタッフのメンタルケアの必要性を感じてきました。

働く上では、本人が「楽しい」と感じながら仕事に取り組めることが理想的です。一方で、ネガティブな職業イメージを抱えたまま働くことは、組織運営においても大きな課題となります。

メンタルヘルスの問題は、働く人が自分のキャリアを主体的に考え、自らキャリアを築いていくための「動機付け」要因のサポートと、職員が働きやすい環境を整える組織側の「衛生」要因の取り組み、これらの両方をバランスよく取り入れることが重要だと考えます。




上薗さん 令和6年度厚生労働白書では、20歳未満から40代のストレス要因として「仕事での失敗や責任の重さ」が挙げられており、これは理学療法士においても同様であるといえます。

理学療法士は患者さんの生活や人生に寄り添う職種であるため、自分が与える影響やリスク管理を常に意識して働きます。そのため経験が浅いうちは、責任感や失敗への恐れを強く感じる傾向にあります。

このようにストレスを引き起こす要因は複雑に絡み合っており、一つを解決して全てが解決できるものではないということが難しいところです。


ー 理学療法士における世代別のメンタルヘルスの傾向

上薗さん メンタルヘルス不調を抱える要因には、「コミュニケーションスキル」獲得までの過程が影響しているのではないかと考えています。また、スキル獲得の過程は、40代以降と20代〜30代で異なるため、世代間のギャップが生じる原因ともなりえます。

40代以降の方は、対人で話すことが基本であり、ある程度対話する耐性がついている世代です。また、この耐性がついている人が社会の中心に残ることができたと言い換えることもできると思います。そして、コミュニケーションスキルがなくてもできる仕事がまだたくさんあった時代を生きることができた世代です。

一方、20代〜30代は、SNSやオンラインツールなどが発展したことにより、コミュニケーションの手段が広がりました。顔の見えない相手との会話や、気軽なチャット連絡を主とする若い世代は、対面でのコミュニケーションの獲得方法が年上の世代と異なり、大きなギャップを生むこともあるため、ストレスを感じやすい状況にあります。

対人支援を専門とする理学療法士は、対面のコミュニケーションが多い職種ともいえます。臨床現場では、患者さん、ご家族、同僚、上司、医療専門職、ケアマネージャーなど多方面とコミュニケーションを密に取らなければいけません。

しかし、コミュニケーションスキルが求められる仕事にも関わらず、コミュニケーションスキルに関する知識獲得・技術獲得の機会は個人に任されているのが現状です。そのため、コミュニケーションエラーなど人間関係に悩む人は増えており、働く側のメンタルヘルス問題は大きくなっているように感じています。




ーメンタルヘルスマネジメントの重要性

上薗さん 例えば、上司や先輩がコミュニケーションが苦手とする方に対して、「経験が浅い」「これまで何もしてこなかったんだな」など人格をも否定してしまうようなケースは少なくありません。

理学療法士など専門職の中では、コミュニケーションスキルと人格が非常に近い存在で捉えられている場合が多い印象です。指摘されたことが人格の否定と捉えられた時点で、パワーハラスメントの問題に発展する可能性もあります。しかし、コミュニケーションエラーが起こる場面を何とか減らしていかなければならないため、指導側にも葛藤が生まれるのではないでしょうか。

コミュニケーションスキルの問題は、個人としても組織としても取り組む必要があるのではないでしょうか。メンタルヘルスの問題は1つ解決すれば解消されるものではなく、さまざまな要因が複雑に絡み合っています。要素の一つとして先ほど取り上げた「コミュニケーション」は後天的にスキルとして身につけられるものです。

キャリアコンサルタントの訓練では、リアクションの練習や自分の口癖など細かく観察され、相手がどのように受け取るのか、どんな印象を抱くのか実践的に学びます。このように、研修会や職場でのワークショップなどを通じてコミュニケーションスキルを学ぶ機会の必要性が高まっているといえます。


ー ワーク・エンゲージメントとキャリア

上薗さん 近年、ワーク・エンゲージメントへの関心も強まっており、こころの健康には「働きがい」と「働きやすさ」が重要であると言われています。

ワーク・エンゲージメントとは、仕事に関連するポジティブで充実した心理状態として、「仕事から活力を得ていきいきとしている(活力)」、「仕事に誇りとやりがいを感じている(熱量)」、「仕事に熱心に取り組んでいる(没頭)」の3つが揃った状態として提示されています。




上薗さん ワーク・エンゲージメントを高めるためには、個人のキャリア形成も大きく関わってきます。働きがいを感じない状態が続くと、メンタルの不調を招くリスクがあるのです。人によってはSNSなどネットで自分の「職種が評価されていない」といった情報に触れることで自分は「働き甲斐のない」仕事に就いていると感じ、自分の仕事に希望が持てず、メンタルヘルスの問題につながってしまう人もいるでしょう。

メンタル不調の進行は、「プレゼンティーズム」と「アブセンティーズム」の二つに分けられます。プレゼンティーズムは「出勤できているから気づきにくい」と言われ、要注意な状態です。

プレゼンティーズムの状態を放置してしまうと、アブセンティーズムへ進行する可能性があります。生産性や業績に影響する割合が大きいため、経営の視点からも早急かつ戦略的に、従業員の健康を求める取り組みを行う必要があると報告されています。




ー メンタルヘルス対策

上薗さん メンタルヘルス対策には未だ絶対的な正解はありません。個別の症状によって対応は変わりますが、症状がひどくなる前に個人でできる対策としてセルフケアがあります。まずは自身に起きているストレス反応(集中力の低下、無気力、イライラ、倦怠感、ミスの増加など)に気づいてあげることが大切です。

ストレス状態にあると気づいた際には、気晴らし行動や何を解決するとストレスが緩和されるのか改善点を見つけていきましょう。誰かに相談するなどヘルピング行動をとることもおすすめします。

また、組織マネジメントの立場にいる場合は、忙しい中で他者への配慮や相談に乗って共感し続けることが難しいのも現実です。医療現場では医療行為の実践が優先され、業務改善等が進まないこともありますので、メンタルヘルス対策の意味も含めて業務改善は継続的に取り組む必要性があります。

厚生労働省が2015年に施行したストレスチェック制度は、定期的に労働者のストレスの状況について検査を行うものです。本人にその結果を通知して自らのストレスの状況について気付きを促し、個人のメンタルヘルス不調のリスクを低減させる効果があります。

同時に、検査結果を集団的に分析し、職場環境の改善につなげることによって、労働者がメンタルヘルス不調になることを未然に防止することを主な目的としています。検査はしているが、結果を知らないという管理職の方は、ぜひ結果を確認して俯瞰的に自分の組織を振り返る材料にしてください。



ー 上薗さんよりメッセージ

上薗さん 現在、私は医療業界を離れ、コンサルティングファームで業務コンサルタントとして仕事をしています。業界を出て外から見ることができるからこその気づきや、現場にいた時に「思い」だったものが「確信」に変わることがありました。

理学療法士を含む医療専門職は、高い倫理性が求められているからこそ、資格の倫理観とその人個人の人格が非常に近い職種であると思います。

しかし、理学療法士である前に社会の一員であり、子であり、父・母であり、誰かの友人である…などたくさんの役割を私達は持っています。それを一つの価値観だけでこなすことはできないのではないでしょうか。

価値観の多様性は、解釈も対応も難しいですが、尊重はすれど受け入れなくてもいいものがたくさんあります。人は人、私は私。好きなものは好き、嫌いなものは嫌い、で良いのです。ただ、集まって仕事をするんだから、これは守っていこう、守るためにはこのスキルは必要だよね、という組織のファンダメンタルをしっかり構築していく対話は確実に必要です。

そして、それは人格と切り離し、仕事として、組織として定義していく必要性があるでしょう。削りあうのではなく、足しあうような関係性の構築は、職場においてはそれでこそ成立するのではないかなと考えます。

医療・福祉の現場がより働きやすく、医療現場で働く人が心身ともに健康に過ごすことができるようになる社会を皆さんと目指していければと考えています。


引用・参考
1)令和6年度厚生労働白書
https://www.mhlw.go.jp/wp/hakusyo/kousei/23/dl/zentai.pdf
2)Aymerich C, Pedruzo B, Pérez JL, et al. COVID-19 pandemic effects on health worker's mental health: Systematic review and meta-analysis. Eur Psychiatry. 2022;65(1):e10. Published 2022 Jan 21. doi:10.1192/j.eurpsy.2022.1.
https://doi.org/10.1192/j.eurpsy.2022.1

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